かつて「マズイ!もう一杯!」のCMで一躍有名となり、罰ゲームなどでも使われた青汁ですが、最近では飲みやすくなったうえに一般にもさまざまな効果・効能が認められ、再び優秀な健康食品として人気を集めています。その原材料や商品も多岐にわたり、日本を代表するほどの健康食品となった青汁の誕生の瞬間を、ここではご紹介したいと思います。
そもそも青汁の生みの親は遠藤仁郎博士という方です。
この遠藤仁郎博士に青汁が生みだされてから現在に至るまで、すでに約50年もの歴史があったということをみなさんはご存じでしたでしょうか?
遠藤博士は第二次世界大戦時、医学専門学校の教授を担当していたそうです。
しかし、戦争中ですから当然食料も乏しく、教授とはいっても家族に空腹をいっぱいに満たしてあげることはできなかったそうです。
そこで、ある日お金がかからずにお腹を満たす方法を思いつきます。
それは野菜や植物などの緑の葉っぱを食べること!
遠藤博士宅の周辺は大根畑が広がっていました。もちろん、大根は国に納めなくてはならなかったのですが、当時、大根の葉は食用に使われなかったそうです。
そこで、遠藤博士はこの大根の葉を利用する事を思い立ち、実験を始めました。
どうすれば美味しく食べることができるのか・・・
どうすれば栄養価を保つことができるのか・・・
課題はあまりにも膨大なものでしたが、ひとつひとつ解決していくことで、答えを見つけ出したのです。
遠藤博士が作り出した大根の葉の調理方法はサツマイモやさといも、ゴボウの葉に至るまで様々な食物で試されました。
ようやく遠藤博士は家族にお腹いっぱいに食べさせてあげられるようになったのですが、
満腹刊だけにとどまらず、栄養失調気味だった家族がみるみる元気になっていったといいます。
そして、これらの葉は緑葉末油練と名付けられ、遠藤教授の周囲の人にも広まっていきます。
そして、いよいよ青汁誕生の瞬間が訪れます。
きっかけは息子の肺炎でした。治療法も確立されておらず、なんとかして肺炎を治す手段がないものかと遠藤教授は考えます。
そこで目の前の空き地に生えていた三つ葉を摘み、すりつぶして汁を絞ったそうです。
それを飲み続けた息子は元気を取り戻していきます。
これが青汁誕生の瞬間です。
そしてその後、青汁は全国へ広がっていきました。